一歩一歩学ぶ生命科学
<<「第34回医学教育学会大会」発表演題の詳細>>

「心周期:はじめの一歩」を対象とした
randomized, double-blind, control study:evidence-based education

barはじめに

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listmark爆発的に増大しつつある医学知識を限られた時間で学習するためには,従来よりわかりやすく,より効率的な教材が求められることは言うまでもない.われわれは,幼児教育におけるG. Doman氏らの,情報を「明確」「正確」「別々」に提示する提唱にしたがって,「心周期:はじめの一歩」(最新版へのリンク)を制作した.すなわち,心房圧,心室圧,動脈圧を「水柱式圧力計」の高さにより表現した.これにより,イメージが捉えやすく,情報をより「明確」にすることを狙った.また,右心系と左心系とを「別々」に提示するため,左心系のみの図を提示した.さらに,心周期の各ステージを「別々」に提示した.提示する情報は極めて基本的な最重要情報とした.(「『心周期:はじめの一歩』の試作」2001年第33回日本医学教育学会大会にて発表(優秀発表に座長推薦)

「心周期:はじめの一歩」の教育効率を検討するため,従来の教材と比較検討した.循環生理学を学習していない医学生に対して,当教材で学習後,標準的な生理学の教科書を対照として提示し,匿名アンケートを施行した.全体的な印象を対照と比較する質問では,86%の学生が当教材を支持した(「医学教育」に論文発表(「『心周期:はじめの一歩』の試作」医学教育 2002, 33(4) 261-267 日本医学教育学会医学教育賞懸田賞受賞候補))).しかしながら,この検討では,「順番効果」の影響が否定されていない.対象学生は「心周期:はじめの一歩」を先に勉強して,次に,従来の教材で勉強した.先に勉強した教材の方がなじみがあり,評価も高くなる可能性がある.また,従来の教材での学習は予想値であり,実際に測定されたわけでもない.さらに,学生には両教材の出典が明らかにされていたため,biasが生じた可能性は否定できない.

以上をふまえ,今回は,randomized, double-blind control studyを施行した.すなわち,対象学生を無作為に2つのグループに振り分け,同一のテストで学習到達度を評価した.
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bar対象学生

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listmark循環生理学をカリキュラム上受講していない,昭和大学医学部1年生26名を対象とした.本教育研究に関する目的などを文面で説明し,自由意志による参加をwritten informed consentにより得た.26名(男性20名,女性6名)の期末試験の成績は,得点,平均(±SD)75.1(±4.9)(最低-最高:67.4-83.9)点,序列は平均(±SD)47(±29.5)(最低-最高:97-5)番であった.謝礼としては,専門課程教員との昼食会(昭和大学では,教養課程は別キャンパスで行われており,1年生が専門課程の教員と交流する機会は少ない)へ御招待した.当日,解剖,生理,病理,眼科,脳神経外科の教員が参加し1年生と会食した.
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bar方法

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listmarkあらかじめ,受付番号ごとに,「はじめの一歩グループ」と「従来グループ」とのrandom振り分けを,コインにより決定しておいた.奇数の受付番号はコインによりグループを振り分け,その次の偶数の受付番号はもう1方のグループとすることで両グループに振り分けられる学生数を揃えた.研究当日,受付にて受付番号と学籍番号,氏名との対応表を作成した.この対応表は,受付終了後,プロジェクトコーディネータのみが保管している.受付番号のみが記載されている答案用紙,アンケート用紙を学生ごとに手渡し,グループごとに異なる部屋へ誘導した.

本教育研究の目的,(自習のあとテストがあることなどを含め)プロトコールなどを文面で説明し,written informed consentを得た.

「従来グループ」には心周期に関する図表の数,文字数,説明方法が典型的と思われる某社の教科書を提示した.「はじめの一歩グループ」には,「心周期:はじめの一歩」の2002年2月21日versionを提示したが,含まれる練習問題は提示しなかった.「まとめ」の動画はパソコンプロジェクターで提示した.両グループとも,文字情報はパソコンのテキストファイルのプリンター出力とした.また,学習者には,両教材の出典をblindした.「等容性収縮期」ではなく,「緊張期」を用いるなど,用語を両教材ならびにテストで統一した.

いずれかの教材で45分間,自習した後に,教材をしまってもらい,同一のテストを施行した.『充満期には,心室筋は( a 収縮している/ b弛緩している)』のように極めて基本的な最重要情報の問題を二者択一式で30題,出題した.

テスト終了後にアンケートを施行した.また,各自が勉強しなかった教材を配布し,10分間勉強したのちに,アンケートの最後の質問に解答してもらった.
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bar結果

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listmark学習到達度(テストにおける正解数)は,「従来グループ」では25.7 ± 3.7(mean ± SD)であったが,「はじめの一歩グループ」では29.4 ± 1.1であり,t検定により有意な差が認められた(p<0.01)

また,「はじめの一歩グループ」のアンケート結果「従来グループ」のアンケート結果は別記の通りであった.
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bar考察

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listmark学生の質

「はじめの一歩グループ」の学習到達度が「従来の教材グループ」より高かったとしても,「心周期:はじめの一歩」の教育効率が高かったためではなく,「はじめの一歩グループ」の学生の学習能力が高かった可能性がある.しかし,本教育研究では,対象学生は無作為に両グループに振り分けられた.また,実際,両グループの対象学生の期末成績はほぼ均一であった.

無作為に振り分けたにもかかわらず,『いままで「心周期」について高校,授業などで勉強をしたことがある』と答えた学生の数には偏りがあった.「はじめの一歩グループ」では4名であり,「従来の教材グループ」では7名であった.これは,「はじめの一歩グループ」の学習到達度に不利に働くはずである.しかし,学習到達度は「はじめの一歩グループ」の方が高かった.

以上の2点より,「はじめの一歩グループ」における高い学習到達度が学生の質では説明できないことが強く示唆される.

listmark社会的要因

学習到達度に社会的要因が影響すると思われる.学生側としては,たとえば,「心周期:はじめの一歩」が同じ大学の先輩の作であることがわかれば,親しみを感じて学習効率や学習到達度が増大することはあり得る.また,学生が自分の成績,進級等に影響し得る教職員に対して,アンケートで否定的な意見は述べにくいとしても不思議ではない.これらの学生側の社会的要因は,教材の出典をblindする,すなわち,「心周期:はじめの一歩」のプロジェクト参加者リストを提示しなかったことで取り除かれると思われる.また,従来の教科書も,テキストファイルとして再入力し,プリンターからの出力を提示したので,書籍としての(段組などの)体裁は消失し,商品となり得る完成度であることもblindされた.

逆に研究施行側としては,自身らが作成した教材に対する思い入れが,採点に影響することもあり得る.しかし,今回の教育研究では,提示した問題は二者択一であり,採点は機械的に行われ,主観が入る余地は少なかったと思われる.さらに,個人ごとの採点,アンケート解答の入力が終了するまで,グループ分けは,データ解析者にはblindされていた.

以上より,社会的な要因により「はじめの一歩グループ」における学習到達度が高かった可能性は極めて低いと思われる.

listmark教材の範囲,テストとのマッチング,情報量

教材で教授している範囲や用語が,テストとマッチングしているか否かはテスト結果に影響すると思われる.「心周期:はじめの一歩」も今回の教育研究で用いたテスト問題も「生理学教育法シェアリンググループ」の産物である.「心周期:はじめの一歩」で従来の教科書と異なる範囲,用語が用いられていたため,「従来グループ」のテスト結果に不利に働いた可能性は否定できない.しかし,テストの問題は極めて基本的な最重要情報であった.どのような教材であっても,教授しない訳にはいかない知識と思われる.実際,従来の教科書にもテスト問題に関する情報は記載されてはいる.すなわち,従来の教科書で教授していない範囲を「心周期:はじめの一歩」が教授し,「はじめの一歩グループ」の学習到達度に有利に働いた可能性は低いと思われる.また,用語に関しても,両教材,テストで統一したため,学習到達度に影響した可能性は低かったと思われる.

また,一定時間で学習しなければならない情報量が多いと,学習到達度に不利に作用すると思われる.今回の研究でも従来の教科書の方が情報量が多く,これにより,「従来グループ」の学習到達度が低かった可能性はある.しかし,勉強時間に関するアンケート(7番)に対して,「a 短かった.サクサク進んでいたのでもっと時間があればもっと学べた」と「従来グループ」で答えた学生は0であり,むしろ,「b.短かった.自分で書き直す,別の図や表を作るなどの時間があればもっと学習できた」と答えた学生が13名中8名であった.このことは,「従来グループ」において,教材の情報量が多く,効率よく勉強できるのだが時間が足りなく,学習到達度が低かった可能性に対して否定的である.

listmark学生の好み

両グループにおいて,自習,テスト終了後,他方の教材を提示して,10分間,学習したのちに,「同僚,後輩にはどちらを薦めたいですか?」と質問した.これに対して,どちらのグループも「心周期:はじめの一歩」が多く(両グループとも13名中11名,)選ばれた.上記のごとく,従来の教科書の方が多くの情報を含んでいた.そのため,学生は情報量の少ない教材を選んだ可能性がある.しかし,このアンケート結果は,勉強量が少ないことを学生が望んでいることを示唆するのではないと思われる.今回の教育研究は自由参加であり,金銭的謝礼はなく,勉学に対して消極的な学生は参加しなかったと思われるからである.

以上より,「はじめの一歩グループ」における高い学習到達度は対象学生の質,社会的要因,教材の範囲,テストとのマッチング,情報量では説明できないと思われる.すなわち,「心周期:はじめの一歩」は従来の教材よりも,初学者に極めて基本的な最重要情報を教授する教育効率が高いことが強く示唆される.

従来の教科書に,極めて基本的な最重要情報が,正確に記載されていなかったわけではなく,この点に関しては,「心周期:はじめの一歩」との差はない.両教材の大きな違いは,情報が「明確」で「別々」に提示されていた点である.この提示方法が学生に支持されたと思われる.
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bar結論

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listmark心周期に関して極めて基本的な最重要情報を医学部の初学者に教授する際,明確,別々に提示することにより教育効率が増大するevidenceが得られた.また,このような教授方法は対象学生に支持された.
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bar謝辞

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listmarkこの教育研究は私学振興財団からの「特色ある教育研究」平成12年度「人体のデジタル教育研究システムの創成」の補助を受けて施行した.
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bar本演題は「生理学教育法シェアリンググループ」のグループ発表である.共同演者は次にリスト(ABC順)した,「心周期:はじめの一歩」プロジェクト参加者ならびに本教育研究施行者である.

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氏 名 所属 役割
阿部裕美子 昭和大学医学部4年年生
(平成13年度)
研究施行
Doman, Janet Institutes for the Achievement of Human Potentials 教材作製に関して教育学的見地からコンサルト
林 大吾 昭和大学医学部2年
(平成13年度)
研究施行
上岡なぎさ 昭和大学医学部4年生
(平成13年度)
教材のイラスト作成
小森 学 昭和大学医学部4年
(平成13年度)
教材のHTML作成
画像処理
丸山直樹 昭和大学医学部4年
(平成13年度)
研究施行,大会発表担当
宮崎邦夫 昭和大学医学部4年
(平成13年度)
研究施行,データ解析
野口賢吾 昭和大学医学部4年
(平成13年度)
研究施行
岡部尚行 昭和大学医学部2年
(平成13年度)
教材の改善に至る情報シェアリング
大矢 敦 昭和大学教務課 研究施行
渋谷まさと 昭和大学医学部第二生理 プロジェクトコーディネート
教材の構想デザイン,原稿作成
研究デザイン,研究施行
データ解析,論文執筆
和田一佐 昭和大学医学部1年
(平成13年度)
研究施行
山本知裕 昭和大学医学部4年
(平成13年度)
教材の原稿作成,問題作成,動画作成
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